2歳で自閉症と診断されながらも、ディズニー・アニメから言葉を学び、コミュニケーション方法を取り戻して自立へと歩み始めたオーウェンと家族の奇跡の実話映画『ぼくと魔法の言葉たち』(原題:Life, Animated)。 彼ら家族の物語は各国の映画祭で感動の嵐とスタンディング・オベーションを巻き起こし、サンダンス映画祭では見事に監督賞に輝きました!
4月8日よりシネスイッチ銀座他で全国順次公開に先立ち来日したロジャー・ロス・ウィリアムズ監督へ映画の見所や気になる内容について様々な角度からお話を伺いました。
Q:本作の日本語タイトルは「ぼくと魔法の言葉たち」となっています。これは内容から日本人に解りやすいように設定したタイトルですが、日本語タイトルについてどう感じますか?
監督:『LIFE, ANIMATED』という原題は、ロンの原作通りで、彼がつけたものです。日本語タイトルは気に入っています。とても日本的な雰囲気がするなと思いました。
Q:オーウェンがディズニー・アニメーションを介してコミュニケーションをとれるようになっていく過程は段階があったと思います。最初は役と役とのやり取りとしてのコミュニケーション。
それについては、涙なしには見られないシーンがあります。ロンがイアーゴになりきってオーウェンに話しかけるシーンですね。あのシーンを導くロンの気づき、すなわちオーウェンの何気ない呟き「ジューサーボース」をリトル・マーメイドのセリフ「JUST YOUR VOICE(声をよこせ!)」だと思い当たったというのは、とりもなおさずロンの父としての愛のなせる業で、それを思うと胸が熱くなります。
第2段階としては、本作の中でセラピストも言っていましたが、アニメのシーン、シーンをパターン化し、そのパターンを現実に当てはめていくというコミュニケーションの取り方。
第3段階としては現実に直に対応したコミュニケーション。オーウェンはその最終段階まで成長していったと感じますが、そうでしょうか?
監督:オーウェンはおっしゃる通り、とても素晴らしい成長を遂げたと思います。僕が撮影をしていたのは、卒業や恋愛、初めての親元を離れての自立生活といった、彼にとっての人生における大きな転機にあたる時期でした。映画にも登場しますが、オーウェンはパリのコンベンションで、たくさんの人々の前で、自分の言葉でスピーチを行いました。これには両親も心から驚き、息子の成長ぶりに感嘆していました。
舞台に上がる直前、「アーユーレディ?(準備はいいかい?)」と聞くと、彼はスッと背筋を伸ばして「アイアムレディ(準備オーケーだよ)」と答えました。その姿には僕もとても感動し、本来なら自分の声は映画の中に使わない方針なのですが、特別に残すことにしました。オーウェンはたくさんの映画祭にも同行し、スピーチや質疑応答もこなしましたし、最近ではアカデミー賞の授賞式にも参加しました。残念ながら受賞はできなかったのでお披露目することはありませんでしたが、彼は差別的な発言を繰り返すトランプ大統領へのメッセージも入れたスピーチを用意していたんですよ。
Q:オーウェンにとってディズニー・アニメーションはいつかは卒業しなくてはならないものでしょうか?
監督:オーウェンは今でもディズニー・アニメーションを観て、人生のガイドとしています。この作品を公開して1年間、サスカインド家といろいろなところに行きましたが、いつも映画の中のようにディズニー・アニメーションを見て会話に使っていましたし、家族もそれを大いにサポートしています。それが息子を取り戻した手だてであり、彼らが息子と繋がる方法であるということに気付いたからです。言い換えれば、ディズニー・アニメーションというのはオーウェンが自分を表現するための、そして世界を解釈するための彼なりのツールなのです。そのことは、映画の中で初めて独り暮らしをした時、両親が帰ってしまって、『バンビ』(1942)の1シーン――母親が撃たれ、バンビが独りになってしまう場面――を見ている姿からも伝わります。そういった彼なりのディズニー・アニメーションの使い方は、これからも続いていくと思います。
Q:監督はオーウェンの父親であるロンと面識があり、仕事も一緒にされていたと聞きますが、最初にロンの息子が自閉症だという事実を知ったのはいつで、どんな時でしたか?その時、どう感じましたか?またオーウェンとはいつの時点で会ったのですか?
いつの時点でドキュメンタリーを撮ろうと思ったのですか?それはなぜですか?
ドキュメンタリー制作企画についてオーウェン自身や家族の反応はどうでしたか?映画が進んでいく中でクラスメイトやエミリーや周辺の人たちが登場しますが、すぐに快諾は得られましたか?
監督:15年前にロンと出会ったときから、彼の息子が自閉症であることを知っていました。サスカインド家とは家族ぐるみの付き合いだったので、その頃オーウェンにも会ったことはありますが、それはとても短いもので、あまりよく覚えてはいませんでした。
ロンが息子についての書籍(『ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと』)を執筆する時、彼の方から映画にしてはどうかと提案を受けました。ですから家族はもちろん映画の制作をバックアップしてくれました。 その時点で僕はオーウェンがドキュメンタリー映画の主人公になるべきかどうかわからなかったので、テスト撮影を兼ねて、彼に会いに行きました。それはちょうどバレンタインデーの日で、オーウェンは恋人のエミリーとスローダンスを踊っていました。彼のクラスメイトたちも同じように楽しんでいました。僕はその姿を見て、自分が思い描いていた自閉症の人たちのイメージが間違っていたことに気づかされました。その時にエミリーを含め多くのクラスメイトたちに会いましたが、彼らは最初からとても映画に協力的でした。一度も問題が起きたことはありません。
Q:カメラの前なのに映画の中でオーウェンはとても自然ですね。彼を不安にさせず、どのように撮ったのですか?工夫はありましたか?
監督:撮影の際にインテロトロンというカメラを使いました。これはプロンプターのようにカメラにスクリーンが付いているので、別の部屋にいながらにして、彼を取材できるというものでした。こうすることで直接カメラを見て、観客の方と目線を合わせて自分の思っていることを伝えることができるのです。また、実際にカメラに付いているスクリーンでディズニーの映像を流して、同時に彼がそれに反応する姿を撮影することで観客も彼の感情を共有することができます。そうすることで観客をオーウェンの世界へと誘うことができました。この撮影方法は彼と皆さんを繋げるために、非常に役立ちました。オーウェン以外の方は取材の時にスクリーンを見ているのですが、オーウェンはカメラを見ているので、映画の中で観客と目線を合わせてしゃべるのはオーウェンだけなのです。
Q:私たちはあなたの作品の中で、逆境を幸せに変えていく家族の姿を見ることが出来ます。サスカインド家の強さの秘密は何でしょうか?
監督:父親のロンさんと母親のコーネリアさんは誰もが手本にしたいと思うようなご両親です。彼らの子供たちに対する愛と献身ぶりは映画からも痛いほどに伝わってきます。彼らは子供に愛情を注いで守り抜き、何事も恐れず、果敢にチャレンジします。子供と繋がるためにどこまでできるかということを試されているように感じるかもしれません。それは自閉症スペクトラムにあるお子さんにも、そうじゃないお子さんに対しても同じだと思います。特にコーネリアさんに関して、彼女ほど愛情深く家族思いの母親を、私は他に知りません。彼女は間違いなくこの映画と家族のハートであり、魂でもあると思うのです。ロンさんは有名なジャーナリストであり作家であり、彼もまた非常に素晴らしい人ですが、何と言ってもコーネリアさんが家族のハートであると思います。それほどに愛情深く素晴らしい女性で、映画を観終わった後で自分の両親がこうだったらいいのにという方はたくさんいるのです。
Q:セラピスト、カウンセラー、医師は本作についてどういう感想を持っていますか?
またオーウェンの家族や周辺の協力者は本作について、どんな感想ですか?
監督:この作品がきっかけで実際に、イェール大学、マサチューセッツ工科大学、ケンブリッジ大学の脳科学者たちがチームを組み、アニメーションのキャラクターが自閉症の人々にもたらす効果についての新しい研究が始まっています。また、キャラクターを通してコミュニケーションを図るようなアプリケーション「SIDEKICKS」の開発も始まりました。これからもっと研究が進んでいくことに期待しています。
オーウェンの家族は映画をとても気に入ってくれています。オーウェンとロンは一緒にラフカットを観ましたが、オーウェンは飛び上がって喜び、「とても気に入ったよ!」と言ってハグしてくれました。コーネリアはサンダンス映画祭のプレミア上映で初めて映画を観て、感動で涙していました。
Q:この作品を見たディズニーの幹部の感想を教えてください。
監督:ディズニーのフッテ―ジを使わせてもらうのは簡単な道のりではなかったのですが、まず私は、彼らにオーウェンについて話をしました。そして、彼のホームムービーと、彼が主宰するディズニークラブの映像を見せて、オーウェンの人生について詳しく伝えました。すると、ディズニーの幹部の方々は自分たちの作品がオーウェンの人生をここまで変えたということにすごく感銘を受けて、それ以降、自由に映像を使わせてくれたのです。私が撮影してきた映像を見終わり、部屋に明かりが点くと、ディズニーの幹部の皆さんが涙を浮かべていました。父親のロンさんもその場にいたのですが、彼はその日を「ディズニーの幹部たちを泣かせた日」と名付けました(笑)。
Q:ここまでこの作品が世界で受け入れられた理由はどこにあると思いますか?
監督:最大の理由は、オーウェン自身にあると思います。彼は輝く光のような存在で、彼という人間を知ることが、皆さんの感動につながるのではないかと思います。彼は物語や神話・寓話を頼りに、それらが持つ力や意味を理解しています。
ディズニー映画というのは大昔からある寓話を現代風にアップデートしたものです。オーウェンはそれを学習し、人間がどういう生き物なのか、人と人のつながりを理解して生きてきました。
この映画は、オーウェンの視点から、オーウェンの内なる世界へと誘う作品です。この映画が多くの方に受け入れられている理由のひとつは、観客が、オーウェンがどんな人間なのかを知って、それに感銘を受けて下さっていることにあると思います。そして、この作品は愛と家族の力についての映画でもあります。サスカインド一家がいかに優しい心を持っている家族なのかを皆さんが知り、それに感銘を受けてくださったことも、この映画が受け入れられた理由だと思います。
Q:監督は「はみ出し者」に焦点を当てたいとおっしゃっていますが。様々なマイノリティーが「はみ出し者」として疎外される社会ではなく、様々を受容し包含する社会に成長しなければならないと思うのですが、そういう意味でも本作が社会に果たす役割は素晴らしいと感じます。それについてどうお考えですか?
監督:僕はゲイで黒人であるという二重のマイノリティーです。これまでもずっとそのようなマイノリティーの人々に焦点を当てて来ましたが、おっしゃる通り、映画を通して彼らの立場を少しでも変えていけたらと願っていますし、それこそが僕のゴールなのです。
たくさんのオーディエンスが本作に触れて、社会に一歩でも豊かな世界が近づくことを心より記念いたし
ます。
貴重なお話をありがとうございました。
監督:ロジャー・ロス・ウィリアムズ『Music by Prudence』(原題/アカデミー賞短篇ドキュメンタリー賞受賞作)
原作:ロン・サスカインド「ディズニー・セラピー自閉症のわが子が教えてくれたこと」(ビジネス社・刊)
製作:ジュリー・ゴールドマン『アイ・ウェイウェイは謝らない』 / ロジャー・ロス・ウィリアムズ
出演:オーウェン・サスカインド / ロン・サスカインド ほか
原題:Life,Animated
配給:トランスフォーマー
公開:4月8日(土)よりシネスイッチ銀座他にて全国順次公開
©2016 A&E Television Networks, LLC. All Rights Reserved.