それは「金色のシマウマ」から始まった。
とある朝、駅前から仕事場へ向かう通勤路。それなりに人通りもあるアーケードの路上にそれはあった。一度は通り過ぎたのだが、周囲の風景とはあまりにそぐわないその存在感に4〜5mほど戻って拾ったのである。手にしてみると、プラスティック製のシマウマの形に象られたプレートだ。
仕事場について拡大鏡を手にためつすがめつ検分、端のほうに「feragamo(フェラガモ)」と刻印されている。さしづめバッグか靴を買ったときの付属品としてついてきたものだろうが、それがどういう経緯で路傍の拾得物になる道筋をたどったかはもちろん不明である。
まず最初の拾いもの。「feragamo」のシマウマこれくらいのものならこのまま隠匿しても怒られないだろう。シッポが折れてなくなっているものの、頭が大きくてちょっと可愛いプロポーションをしていたのでPCの上に飾っておくことにした。そんなことが続いて起こったという話。今回は「ものを拾う話」です。
こちらはネットの“拾いもの”。
「鯛の昆布〆もどき」
2度目はそれから3日ほど後のこと。青山界隈の裏通りを歩いていて身をかがめた。本当はこれも一度通り過ぎたのだけれど、その「黒いひもの両端に金色」という様子が気になって2〜3歩、足を戻して手を伸ばしたのだ。
黒いひもはすぐに本革製だとわかったが、両端についた金色の金具は少しゆがめてあって、双方を引っかけて繋げる、と予測はつくものの一見してその用途はわからない。
そのままバッグに入れて持ち帰り、妻に見せるとその正体が判明、その黒いひもの両端に金色の金具がついたものは「チョーカー」だそうである。
続いてやって来た「Hermesのチョーカー」【cho・ker】名 C
1.(息を)止める[詰まらせる]ひと[物].
2.チョーカー《首にぴったりまきつくもの;
短い首飾り(necklace、neckband、neckpiece)、
[おどけて]高い立ちカラー(dog coller)など》
(英和辞典 ジーニアス 大修館)より
ちなみに品詞のあとに続く「C」という表記は単語としての重要性のランクを表すもので、Cランクというと「大学教養・一般に必要な語」という扱いだ。
そうですかね? 僕は名前こそ知っていたけれど、生まれて58年を経る今日までその現物に手を触れたのはこれが初めてである。こちらもルーペで拡大してみると「Hermes」という刻印。「Hermes製チョーカー」だった。
いずれにせよこのチョーカーもどういう経緯をたどって路上に存在していたのかはまったくわからない。金属の部分にはかなり傷もついているし、ネットで調べてもそう高い物でもないらしい。
妻は和装で不要だし、自分でするわけにも行かず(笑)それならば、とグルミット氏の首に装着しておくことにした。
ただいまこういう具合になっておりますこうしてなにやら金色のものをたてつづけに拾ったわけだが、話はまだ三つ目の大物に続く。今度は一転、大事になりそうな気配をはらんでいた。
グルミット氏のチョーカーを拾ってからしばらくは何にも出会うことはなかったが、それはそろそろ桜の開花が報じられるころだった。家を出て駅へ向かう途中である。
拾ったのは鞄だ。
通勤路にある病院の前を過ぎて廃屋の前を通りかかると、その固く閉じられた入り口の横、路肩に立てかけられるようにして黒い鞄が置いてあったのだ。周囲を見回しても誰もいない。近くに誰かいないかと1〜2分遠くから見守ったものの、いっこうに持ち主の現れる気配はないし、時折通り過ぎる人も興味を示す様子がない。
近づいて手に取り、パックリと開いた鞄の中をのぞくと黒い財布と携帯が見える。さらにわりと新しい物らしく、キズもなく清潔で、何が入っているのかずっしりと重い。これはまずいよね?
駅周辺に交番はなく、直近に警察署はあるけれど、徒歩10分ほどの距離がある。そこまで持って行って手続きをするには時間がない。近くにある公共施設はバスの操車場で、そこの警備員に預けようとしたが、バスの遺失物も拾得物も一切預かってはいけない規則だから、とにべもなく断られた。駅か? しかし……。
拾得地点の廃屋に隣接する病院は、遠方から車やバスで患者の通ってくる近所でも評判の病院である。ひっきりなしに患者が入っていく様子をいつも見ているし、よもや妙なことにはなるまい、と思いあまって病院のドアを開き、受付の看護師に押っつけることにした。受付の女性に
「あの。じつはですね。この鞄を拾いまして、ですよ」
と言いながらドン、とカウンタの上に置かれた鞄を見て彼女の驚くまいことか。「わかりました、警察に電話します」と言ってくれたのをいいことに体のいいトンヅラを決め込んだ。
にしても後味が悪い。仕事場へ向かう先の駅にある交番に通報するか、あるいは携帯で……と考えながら歩いて行くと、カン、カンと警報の鳴る踏切の前に一台のスクーター。運転している男性のかぶったヘルメットには「警」の文字、警邏(けいら)中の警察官が停まっている。これ幸いと持ちかけた。
P「あの、鞄を拾ったんですけど」
警「どこで?」
P「○×通りの路上で」
警「どうしました?」
P「●●病院に預けました」
警(やや尊大に)「どうして●●病院に預けたの?」
P(ややムッとして)「だって、この辺交番ないし!」
警「お礼とかはいらないのね?」
P(手を振って)「いりませんよ、いりません」
警(黙ってUターン、病院方向へ走り去る)
ややムッとしたまま仕事場へ。作業を終えたその日の午後、それなりに気になって病院を訪れてみると、警察署にも届け出があったそうで、本人が病院へ取りに来たそう
です。よかったよかった、と言う顛末でした。
その後も強い風に飛ばされたとおぼしき女物のTシャツを仕事場マンションのエントランスで確保したり(針金ハンガーにかけて「入り口の植え込みに引っかかっていました」とメモをつけておいたら消えていたので持ち主の手に戻ったらしい)、黒いバラの形をしたコサージュを拾ったり、となんだかこういうことって「続くときは続くもんだね」というなんだか不思議なお話。
今のところコサージュが最後で、これは拾うほどのものではなかったので近くの低い植え込み塀の上に目につくように置いたから結末はわからない。今後まだ「ものを拾う話」は続くのかどうか? 刮目して待て。あ、待ちませんか。すいません。
そんな「拾いもの」な近ごろの夜にふさわしい「かんたんレシピ」はネットで拾った「鯛の昆布〆もどき」を。メチャメチャ簡単で激しく旨い。日本酒2合は軽くいけます。ぜひどうぞ。
てなことで今回はこの辺で。次回は4月22日更新の予定です。
【Panjaめも】
●エルメス チョーカー
あれ? 新品だとあんがい高いですか?
●コサージュ
こんなの。まさしくコレだったかもしれない。250円。
●私、あの「まぐまぐ」でメールマガジンを発行しております。
「モリモト・パンジャのおいしい遊び」
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