好きなこと、やりたいことだけをやってきた
恩師の「女房、北海道出身だったよね」で1989年、東京から津軽海峡を渡った。「3、4年で帰すから」を念頭に置いた北海道行きだったはずが、いざ「そろそろもどるか?」の段になったころには、すっかり道産子になりきっていた。
暇さえあれば漁港に出かけたり、農村を訪れたり、くまなく全道回って歩いた。土地土地の人の生業や暮らしぶり、人と人との濃密な関係性など、知れば知るほど飽きることはなかった。北海道暮らしはかれこれもう19年目になる。
北海道東海大学・馬渕先生のゼミはちょっと変わっている。大学の教室よりもむしろ課外授業(?)の方が多かったりする。○○港に朝5時集合だったり、どこそこの農家へ出かけたり。岸壁で釣り糸をたれていると漁船が戻ってくる。漁師さんらと会話する。農家の縁先でお茶をいただきながら農作物の話を聞いたりする。
「文化というのは人の生活の仕方そのもの。文化のない社会は存在しない。まずは足元の文化を知り、それを人に伝えられるようになる」それこそが「文化人類学の基本なのだ」というのが学生に対する馬渕教授のメッセージなのだ。
「好きなこと、やりたいことだけをやってきた」ときっぱり言い切る。それはそれで案外「苦労と努力」も伴うことはおくびにも出さず徹底する。だから教授の周りにはその「本気で遊ぶ」エネルギーに触発されて「今まで誰も発想しなかったこと」「面白そうなこと」に対してスタンバイOKな仲間や学生が自然と集まるようになる。
デジタル!絵本?
2001年2月に発足したデジタル絵本学会もひょんなことがきっかけになった。もとは馬渕氏の奥様(あそびすとサイト:はるみ先生の「世界をメグル・グルメ」の執筆者)が、子どもたちが幼かった頃の思い出を物語に仕立て絵解きしてホームページにUPした。道外で暮らす子どもたちに見せたいという母の想いだった。
「これは面白い」
氏の文化人類学者仲間・研究者たちにとっても「世界中で調べ集めた文化を子どもたちにわかりやすく紹介するのにいいではないか」ということになった。すなわちデジタル絵本という発想。
事務局は氏の研究室。ゼミ生・学生、地元のデザイン系専門学校の生徒、留学生、周辺の主婦…。周りにはいつもたくさんの協力者が存在した。
民話や昔話などを絵と文で構成してインターネットで配信する。世界中の子どもたちがパソコンで手軽に楽しむことができるようにした絵本、すなわちホームページ・デジタル絵本には現在、北海道民話を含む日本や世界の民話・昔話約120話以上が、日本語はもとより英語、中国語、韓国語など11カ国語に翻訳され掲載されている。
「電子紙芝居とも呼んでるんだけどね」
デジタル配信ではあるが表現手法はあくまでも手書きの絵と文、音声という人の温もりの伝わる手づくり感が好評で、ホームページはすでに累計アクセス60万件を優に超えている。
もちろん作品作りに際してはその土地、その時代の服装や建物、道具、風景など民話や昔話の文化的、歴史的背景に氏の文化人類学的視点が十二分に与えられていることはいうまでもない。
「会員のメリットがあるわけじゃない」「会費も徴収しない」
現在「デジタル絵本学会」の会員は150人。まったくの任意の団体。皆、ボランティアで活動に加わっている。さて、そうなってくると「次なる新しいもの、面白いもの」探しに自然と目が向く。
台湾プロジェクト!!
馬渕ゼミの卒業生の一人は「NPO地域づくりフォローアップ」なるものを実質的に動かしている。もう一人のゼミ卒業生は、北海道を発祥とする「スープカレー」をひっさげて、もともと「カレー文化」のなかった台湾にカレー文化を移植すべく出店し、チェーン展開を目指して自ら調理場に立って奮闘している。
また、台湾・台中に富裕層をターゲットにし、6数店舗の多店舗展開してるスーパーマーケット「裕毛屋」には、いずれも海産物や農作物、乳製品、果ては納豆やオデン種など道産の生鮮食料のコーナーがかなりのスペースをドーンと占めている。仕掛けたのは誰あろう馬渕教授なんである。
「ノンギャラのブローカーみたいなものですかねー」
ある年、台湾の留学生がゼミに入ってきた。その父親がムスコの様子を見に来日しがてら北海道を見て回りたいと言った。台湾でスーパー「裕毛屋」を経営している父はただの観光だけでなく、経営者の視点で見るべきところが見たかった。ムスコは師に相談を持ちかけた。
もともと台湾とは縁の深い馬渕氏。そこへもってきて漁港だろうが農家であろうがゼミ生の父が見たいと望む絶好なところへ誘うことは氏にとっていわば「庭」を案内するようなもの。氏が声をかけてゼミ生の父と共に訪れれば、それこそ町長はじめ町をあげての大歓迎になった。
ゼミ生の父から「スーパー・裕毛屋にぜひ道産コーナーを」の申し出を受け、ノンギャラどころではなく持ち出しの出費がかさんでも馬渕氏は奔走した。
「台湾の人たちに北海道を知ってもらいたい。新鮮なホンモノの道産物を届けたい」そして何よりも「北海道の生産者がもっともっと生き生きと生産に励むことができるようになれば」
生産者を回り、出荷方法その他を専門家に問い合わせ、行政にも働きかけた。スーパー「裕毛屋」の道産コーナーが賑わうようにキャンペーンを企画し、生産者を率いて何度も台湾へ足を運んだ。道産物を生かしたレシピ紹介には奥様のはるみさんも時に同行して一役買った。
年間を通して積雪を見ることのない台湾の子どもたちに雪のプレゼント。40フィートコンテナ4箱、20フィートコンテナ1箱を計5回に渡り、清水町、留萌、富良野、白米康、滝川から送り出した。清水町の養護学校の生徒たちが一所懸命、雪運びの作業に協力してくれたという。
「北海道バージョンアップ観光協会」というのもある。台湾のスーパーでのお客様サービスとして北海道ツアーを企画。単なる観光ではなく、ゼミ生の父を案内したような、北海道の素顔に触れることができるプランに参加者は心底喜び、教授が台湾を訪れるたびに顔を出して教授を囲む。
次はドバイプロジェクト!!
いや、しかし馬渕教授のこと。本記事がUPのころにはもう次のことを発想しているに違いない。何やら「バージョンアップ観光協会」は「お客様サービス」の域を超えて、北海道と台湾両行政をも巻き込んで、「相互交流」として拡充していく動きもあるやと小耳にはさんだ。
台湾東海大学の学生の北海道でのファームステイプログラムには昨年7名参加、今年は10名が参加。加えて昨年参加した学生の内4人は、自分で再度ファームステイの予定で、既に家族ぐるみの交流あるのだとか。日台両東海大学の交流は大学間協定が結ばれている。台北に道産物アンテナショップ出店計画も進行中。「裕毛屋」に大規模な(100坪前後)北海道コーナー開設の予定も見えている。台湾プロジェクトはとどまるところを知らず拡充の途上なんである。
「ドバイプロジェクトってのもあるんだよね」
「一度は行ってみたいと」を実現に向けて、農水省に1億5千万円の予算申請中。今まで誰もまじめにやったことない牛乳の冷凍輸送、活きホタテのドバイへ船便輸送などの技術開発と、食文化を通じた北海道物産の販売促進、もちろんイスラム圏の食文化調査も含む大プロジェクトになるのだそうだ。
「いやー、最近『文化人類学者』と自称するのに気がひけたりしますよ。頭に『元』ってつけなくちゃいけないかなー、なんて」
忙しいのを通り越した目まぐるしい毎日。
「大学教授って楽しそうでいいですねー、なんて言われちゃうし…」
笑いながら言うが、面白がって生きながら、そのライフスタイルは「文化人類学」手法そのものだということは周知のこととして認識されている。
そうして、馬渕教授の行くところ異文化交流の輪は広がっていく…。
【プロフィール】
北海道札幌市在住
北海道東海大学国際文化学部教授
文化人類学者:台湾原住民「アミ族」の母系社会研究
国際デジタル絵本学会会長
国際デジタル絵本学会ホームページ
http://www.e-hon.jp/index.htm