シリーズ1の『ナイトランナー』が罰金ものにオーバースピードだったから、少し息がつける感がある。「逃げる」より「追う」ほうがゆっくりになるのは当然と言えばそうなんだろうが、それもまた今野さんの計算かもしれないとすれば、「ああ、やられた」感も返って小気味いい。
冒頭からブツの在りかを声高々に知らせておいてのチェイシング。読者は優越感を抱きながらのゆとりの有酸素運動ランだ。
スピード感より上位に重視されるのは様々な「薀蓄」、プロフェッショナルな技。山中でのサバイブ方、先を行く者の足取りの痕跡見出し術。はたまた街中の異常はどのようにサインが発せられるか……etc
どれもこれも「ふむ」と納得させられる。ボディーガードや諜報関係でなくとも知っておいて損はないかもしれない。
否、本来「安全」というのはそうやって意図的に自ら創り出すべきものなのだろう。興味がなければ気付きもせず通り過ぎるだけの状況下でも、注意力をきめ細かく張り巡らせておけば、状況下に埋め込まれた些細な「異変」から「異常」を嗅ぎ出すことができる。その嗅覚こそが「発見」へ導き、「護身」にもつながるというわけだ。
工藤兵悟が2階に寝泊まりしているバー「ミスティー」にちょっと顔を出して、茶色い酒のひとつもいただきたくなる。
いやなにね、黒崎バーテンダーが無口過ぎでも、亜希子さんが必要以上のことはしゃべらなくても全然いいのね。チビチビやりながら素知らぬ顔で、さりげなく壁に飾られた「テンペラ画」をチラリ盗み見すれば、それで大満足てえもんなんだからして……
作者名:今野 敏
ジャンル:ミステリ
出版:ハルキ文庫