沖縄本島中部にある宜野座村。観光地ではないが、沖縄独特のゆったりとした味わいのある場所だ。そんな宜野座村の海辺に漢那漁港がある。
島袋博幸さんは、そこで育った生粋のウミンチュである。十代のころから父親について、素潜りの追い込み漁、電灯潜り(夜に潜水機材を背負って魚を突く漁法)、一本釣りと、あらゆる漁にたずさわってきた。現在は定置網漁を生業としている。一緒に船に乗る奥さんとの間に、3人の子どもがいる。
網しめは週三回、一日おきに行われる。
定置網が設置されている場所は、港から船で20分ほど。船を横付けし定置網のロープをたぐり寄せると同時に、スキューバタンクを背負った島袋さんが勢いよく飛び込む。引き上げる前に網が破損していないか、ジュゴンなどの保護動物がかかっていないかなどをチェックするためだ。もしジュゴンが入っていたら、網を下ろして逃がさなければならない。その場合は、ほかの魚も逃げてしまうので、漁にならないそうだ。
定置網を一回りした島袋さんが船に上がると同時に、網が引き寄せられる。ロープを巻き取って行き、最後に小型クレーンで吊って魚を囲う。そこからは手作業。たも網で次々に魚をすくっていく。大型クーラーボックスに氷と一緒に魚が詰められていく。大型魚は一匹ずつ包丁を刺し、血抜きをする。炎天下、これらの作業が黙々とおこなわれる。
二カ所の定置網をまわって漁港に入ると、息つく暇もなく、荷揚げと選別作業。魚の種類別、大きさ別に、ていねいにカゴにより分けていく。鮮度との負いかけっこだ。
魚をすべて梱包し市場に出荷し終えると、午後3時をすぎていた。
定置網の漁獲高は年々減っている。さまざまな理由があるが、ひとつに赤土の流出がある。一時期、無謀な開発がやり玉にあげられたが、意外にも原因は農業にあるという。パイナップル畑をつくるための盛り土が、雨がふると海に流れ込むのだ。具体的な話し合いや対策もなく、手をこまねいているというのが現状だという。
島袋さんいわく、ウミンチュの日常は「魔のトライアングル」だという。
早朝から漁に出て荷揚げ作業などの仕事をこなす。→その日取れた魚を刺身に酒盛り。→家に戻り明日に備えて眠る。この3つがくり返される毎日。
これでは世間の情報に疎くなってしまうと島袋さんはある日気づき、トライアングルから脱出した。そして、これからの漁業のことを真剣に考えた。各地の定置網を視察したり、環境教育の集いに参加したりして、模索を続けた。
余暇に農業体験を楽しむグリーンツーリズムがクローズアップされている。それなら、漁業=ブルーツーリズムも可能である。
そこで、定置網漁体験を立ち上げた。参加者は網しめを見学し、たも網で魚をすくう体験ができる。まだ、まだ、試行錯誤の段階だけど、この体験を通して沖縄の漁業を少しでも多くの人に知ってもらいたいと思っている。
一方でこれからの漁業に不安も否めない。家を継がなくていいと告げていた長男は、海上保安官になった。自ら海の仕事を選んだ、島袋さん自慢の息子である。
島袋さんは常にいそがしい。
定置網漁のない日は網の修理をしたり、海中の仕掛けに魚が入っていないか見に行ったり、サザエを獲りに行ったり。
夕方からは、地元の中学、高校のバレーボールのコーチを務めている。日曜も遠征試合でほとんどつぶれてしまうとか。
島袋さんにお話しを伺ったのだが、恥ずかしそうにうつむいて笑い、ボソッとしゃべる。1を聞くと10しゃべる人の反対で、10を聞いても1しかしゃべらない。とても、シャイなのだ。
それが、海に出ると一変する。寡黙であることは変わりないが、顔がひきしまり、真剣に海を見つめる。いい男だなあとほれぼれする。
そして、網のなかに飛び込む瞬間、大きな気合いの声が。「まぐろねっ!」
このひと声に、島袋さんの思いのすべてが込められていると実感した。
それは、魚わく、ちゅら海!
撮影:小林安雅
【プロフィール】
定置網、一本釣り、潜水追い込み漁など、
オールマイティの海人(うみんちゅ)
地元の漁業を多くの人に知ってもらいたいと、
漁業体験プログラムを模索中。
島袋さんが所属する石川・宜野座定置網教会では、
定置網漁業の見学と体験ができます。
大型定置網漁業体験