原作のみならず映画化作品も大ヒットの『告白 』、連続ドラマとなった『夜行観覧車 』などで知られる著者の作品で、今春映画化もされたのがこの『白ゆき姫殺人事件』。
ある地方都市の化粧品会社「日の出化粧品」のOLで、能力や美貌など誰からも一目置かれる「三木典子」が、会社近くの自然公園でメッタ刺しの末に燃やされるという惨殺死体で発見される。事件当夜に目撃例があり、そして翌日から行方をくらませたごくごく一般的、言ってしまえばパッとしない同期OLの「城野美姫」にその容疑が向けられるが――。
物語は『告白』でもおなじみ、登場人物の一人語り形式で進んでいく。日の出化粧品のOLである最初の証言者・狩野里沙子が、知人のフリーライター・赤星雄治に事件の概要や自分の考えを伝える電話からスタートするのだが、これにより彼は事件の取材を開始し、その記事を週刊誌に連載する立場となる。最初の狩野は赤星との電話による一人語りであり、その後の証言者は赤星の取材に答える一人語り。つまり赤星の“耳”……というか、取材時の対応によって証言が微妙にブレたりしている可能性もあるので、赤星の“身体”を通して伝えられる証言がメインパートとなる。
そこで出てくるのは、容疑者と被害者はもちろんのこと、様々な登場人物に対する評価のブレや思い込み、嘘に誠、善意と悪意がない交ぜとなった証言の数々。そしてそれはあくまで赤星の耳にある言葉として読者は読むわけだが、その証言を基にして書かれたはずの赤星の記事はさらに曲解、いや、下衆の極みの内容となって物語の世界に流通していく。赤星が書いている週刊誌の記事は、物語中の世論形成を現しており、いわゆる“狂言回し”の役割も果たしているのだが、人それぞれの証言のブレだけでなく、下衆なマスコミによって世論が作られていく様には、憤りと同時に戦慄を覚えずにいられない。
この週刊誌の記事と同様に、主に赤星が取材の概要などを“Twitter”状のSNS(物語中では「マンマロー」)で呟き、それに対して過剰に煽ったり、容疑者サイドに立つアカウントが擁護をしたり、赤星を怪しむ呟きがあったりと、SNSでのいわゆる“祭り”や“炎上”の様子も書かれている。アカウント名や呟きの内容から特定できる人物もいれば、特定できない(本当に単なる“善意の第三者”かもしれないし、そうでないかもしれない)人物もおり、呟きの時系列や内容、人物の特定も読ませどころになっていると言えよう。
まあなんにせよ、膨大な思惑による証言たちが下衆のフィルターを通して作られた世論、そんな「報道被害」と「SNS“祭り”“炎上”」という現代的な恐怖感に支配されるこの一冊。
書いてもギリギリセーフだと思うが、最終章は容疑者・城野美姫によって事件の真相が明らかになる(たぶん。いや、読んでいるとそれすら疑いたくもなるのだが、そうでないと収拾がつかないので)。ただし、人それぞれなのは間違いないが、その真相解明によって得るカタルシスよりも、遥かになんらかの喪失感のほうが大きい。個人的には、容疑者の小学校時代の親友・谷村夕子に、ガラこそ悪いけれども物語中最大の良心を感じるのだが、彼女の良心はどこに着地する、いや、着地させられてしまったか。物語としては必然かもしれないが、呆然と立ち尽くしてしまったのを私は忘れない。忘れることなどできない。そしてそこに、この物語に突き進んだ意義が――見つけたのは暗い闇だとしても――ある。
もうジャンルのひとつらしい。“イヤミス”こと「読んだあとにイヤな気持ちになるミステリー」。躊躇なく推します。『白ゆき姫殺人事件』、イヤミスの傑作。
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あ、ところで、「週刊誌の記事」や「SNSの様子」などは巻末に『関連資料』として掲載されている。章末に「※資料1参照」の形で誘導があり、そこでの証言から赤星が書いた記事が週刊誌の誌面風に紹介されている。文庫本で読んだ私は、そこにページを繰るわけだが、この小説は作者初となる電子書籍版があり、その際はクリックだけで各資料に飛ぶことが出来るらしい。とても電子書籍に向いている構成……ということは、より視覚的である映画版はもっと向いていることになる。観てみようと思います。余談でした。
作者名:湊 かなえ
ジャンル:ミステリ
出版:集英社文庫